札幌高等裁判所函館支部 昭和29年(う)29号 判決 1956年2月21日
控訴人 被告人 土田福次郎
弁護人 赤井力也
検察官 池田忠康
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二千円に処する。
右罰金を完納することができないときは金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審及び当審の訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人赤井力也の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
職権を以つて調査するに、さけ・ます流網漁業取締規則第九条は「さけ・ます流網漁業者が………(中略)………操業区域を変更しようとするときは、その事由を具して農林大臣の許可を受けなければならない」と規定し、同第二十九条第一項第一号は右第九条違反者の罰則であるから農林大臣の許可操業区域外の操業を内容としている本件は一応右条項に該当するかのように見えるけれども、北太平洋におけるさけ・ます漁業の取締規則は漁業法第六十五条に基く母船式漁業取締規則と同法条及び水産資源保護法第四条に基く右流網漁業取締規則であつて、本件時施行の昭和三十年六月十一日農林省令第二十四号による改正前の母船式漁業取締規則第四十三条は「母船式さけ・ます漁業は北緯四十六度以南の海面において営んではならない」同第四十四条第一項は「さけ・ます漁業は北緯四十七度以北の北太平洋(ベーリング海、オホーツク海、及び日本海を含む。)の海面においては母船式さけ・ます漁業でなければ営んではならない。」と規定し、母船式さけ・ます漁業とそれ以外の一切のさけ・ます漁業との操業区域とその禁止区域とを定めている。そこで、右両規則を検討して見ると、さけ・ます流網漁業取締規則第五条第二項、第八条、第十三条、第十四条、母船式漁業取締規則第五条第二項、第十条第二項、第十七条、第二十四条等に農林大臣は漁業調整、水産資源の保護、その他公益上必要があると認めたときは、漁業の許可に制限、条件を付け、法定の許可証の有効期間、操業区域、操業期間に制限を加えることができる旨規定されているけれども、前記母船式漁業取締規則第四十三条、第四十四条第一項の法定操業区域の拡張となるような変更を許可し得ることを認めた規定はないし、又他にこのことを推測させるような規定もない。こういう点から考えると、右操業区域の拡張となるような変更は農林大臣も許可することができないものと解釈するほかない。そうだとすれば、さけ・ます流網漁業取締規則第九条の「操業区域」というのは母船式漁業取締規則第四十四条第一項によつて定められた北緯四十七度以南の海面に更に制限を加えて許可された農林大臣の許可操業区域を指すのであり、その「変更の許可」というのは農林大臣が変更することのできる範囲内(北緯四十七度以南の海面内)での変更の許可を意味することが明らかである(許可することのできない事項について許可を条件とすることはあり得ない)。従つて同条の違反、即ち、農林大臣の変更許可のない区域の操業と言うのは北緯四十七度以南の無許可区域の操業を指すものであつて同緯度以北海面の操業をも包含しているものではなく、かかる北緯四十七度以北の海面において母船式以外の方法によりさけ・ます漁業を営んだ場合は本件の如く観念的には流網漁業等の許可区域外操業になるときでも操業禁止区域を規定した母船式漁業取締規則第四十四条第一項のみに違反し、他の法条違反とはならないと解するのが相当である。そうであるのに原判決は、被告人が「さけ・ます流網漁業の許可を受けた第二東光丸の漁撈長として北緯四十七度以北の海域でさけ・ます流網漁業を営んだ」との事実を認定し、これに対しさけ・ます流網漁業取締規則第九条、第二十九条第一項第一号、同条第二項を適用処断したのは法令の適用を誤つたものというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。
よつて弁護人の控訴趣意については後記の如く自判するのでその判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に従つて原判決を破棄し、本件は訴訟記録並びに原審及び当審で取調べた証拠によつて判決することができると認めるので同法第四百条但し書によつて当裁判所で判決する。
被告人の罪となるべき事実は
被告人は母船式さけ・ます漁業許可証を有しないさけ・ます流網漁業許可船である漁船第二東光丸(三七屯三五)の漁撈長であるが昭和二十八年七月十八日頃から同月二十三日午前一時頃迄の間、法定の操業区域外である北緯四十七度以北の北太平洋の海面である右四十七度を越えた北緯五十度〇二分、東経百五十九度十分乃至二十九分五附近海面で同船及び漁網二百反を使用してさけ・ます流網漁業を営んだものである。
証拠の標目は原判決挙示と同一であるからこれを引用する。
被告人の所為は、昭和三十年六月十一日農林省令第二十四号母船式漁業取締規則附則第二号、同規則(前記農林省令による改正前)第四十四条第一項に違反し、同第六十二条第一項第一号に該当するので所定刑の内罰金刑を選択し、その金額内で被告人を罰金二千円に処するが、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に従い金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。当審及び原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により被告人に負担せしめ、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田賢次郎 裁判官 山崎益男 裁判官 服部一雄)